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あしあと

    市長コラム(令和8年度)

    • [更新日:]
    • ID:5549

    令和8年10月

    加藤市長

     愛知・名古屋アジア競技大会は9月19日(土)開幕し、今月4日(日)に閉幕を迎えます。

     本市においては、男女のハンドボール競技が豊田合成記念体育館「エントリオ」で行われ、27日に女子のリーグ戦最終戦が行われ、無敗同士の韓国と日本が対戦、韓国が優勝、残念ながら日本は準優勝となりました。また、男子は29日に決勝戦と3位決定戦が行われ、バーレーンが見事優勝を果たし、日本は3位となりました。
     
     さて、一方で、9月は自然災害が多発した月でもありました。名古屋市を中心に9月8日には線状降水帯による豪雨災害が発生しました。26年前の「東海豪雨」を思い出させるような雨の降り方で、時間最大雨量は100mmを超え、各地で多くの浸水などの被害が発生しました。

     本市においても、残念ながら床下浸水15棟が発生し、罹災証明の発行など必要な手続きを行なっています。

     今回の豪雨では、市内の避難所の本格運用はありませんでしたが、避難所のトイレの問題は深刻です。冒頭エントリオのお話しをしたのには伏線があって、エントリオは、スポーツ観戦施設としては先駆的に、トイレの間仕切りを動かすことで、男女の個室の割合を変えることができる機能を有しているのです。具体的には、1階には2か所に個室トイレがあり、男性用6室、女性用18室のうち、8室が可動するそうです。また、2階にも2か所に個室トイレがあり男性用4室、女性用14室のうち、4室が可動するそうです。

     イベントの種類や、それによって予想される男女比に合わせて、個室トイレの数を変えることができる素晴らしい施設が市内にあることを誇りに思います。

     最近、「スフィア基準」という言葉がよく聞かれます。スフィア基準によると、避難所のトイレの設置基準は20人に1基(発災初期には50人に1基)、男女比は男性1:女性3とされています。本市の指定避難場所である小中学校の屋内運動場の周りのトイレでは、おそらく1校もその基準を満たしていないでしょう。

     災害はいつやって来るか予測がつきませんが、避難所での生活や車中泊、自宅避難など、「災害関連死」と呼ばれる生活上の困難によって失われる命はできるだけ少なくしなければなりません。トイレの問題はその大きな課題の一つだと認識しています。今後の公共施設整備においても「スフィア基準」は積極的に取り入れて行きたいと思います。

     災害の多い秋に考えたことです。

    令和8年9月

     NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」も「本能寺の変」「山崎の戦い」「清洲会議」「賤ヶ岳の戦い」と進み、秀吉の天下一統へ佳境を迎えます。本市では、8月11日に歴史イベント「いなざわ戦国の響き」を開催し、歴史ファンの期待に応えるとともに、織田信長公生誕の勝幡城の存在した地としての地歩を固めることができたと思っています。
     中世史家 小和田哲男氏の「織田信長公から見る豊臣兄弟」という講演と、信長公勝幡城生誕説を確固たるものとした石田泰弘氏との対談は、信長や秀吉の一生に対する歴史上のさまざまな疑問に答えを与えてくれる貴重なものでした。
     その中で石田氏の発言に、戦国時代に愛知県、特に尾張地方で生まれた武将がいかにたくさん、全国各地で大名として活躍したかというものがありました。その後の江戸時代を通じて土地に縛られた、あるいは土地にしがみついている保守的な日本人という観念に私たちは囚われていますが、この地方の出身者が、日本全国に散らばってその地を治め、あるいは名君として讃えられている例もたくさんあります。市内出身の溝口秀勝の「新発田藩」、大口町出身の堀尾吉晴の「松江藩」、あま市出身の蜂須賀小六正勝の「徳島藩」、木曽川町(あるいは岩倉市)出身の山内一豊の「土佐藩」など、もちろん個人の想いで移動したわけではないですが、戦国時代の人的移動のダイナミックさは日本史上の他の時代にはないものだといつも感じています。日本人も与えられた条件が変われば、ふるさとの地を離れることも嫌がらなかったと言えるのでしょう。
     非常に強いリーダーシップで、戦乱の時代にピリオドを打つ端緒を切り開いた信長が生まれた勝幡城の跡は、江戸時代の河川開削や河川整備によって大きく変わり、2カ所の城跡の石碑が立っているだけです。往時を偲ぶことができるような施設の整備をしたいという夢を実現できるよう努力したいと思っています。

    令和8年8月

     FIFAワールドカップ2026が、スペインの優勝で幕を閉じました。
     今大会、日本はまたしても決勝トーナメント1回戦の壁を破れず、王国ブラジルの前に屈しました。しかし、世界の一流国と対等に戦える実力をつけたことを私たちにも感じさせました。
     今大会は世界ランキング1位から4位までが、ベスト4に進出するなど結果的には大きな番狂わせのない大会となりました。また、メッシ、エムバペ、ケイン、ハーランドなど各国のエースストライカーがその存在感を余す所なく発揮した大会であったとも言える大会でした。
     また、先進技術が大会の運営や審判に大幅に用いられた大会であったとも言えます。
     例えば、ボールの中に仕組まれたセンサーでボールの接触タイミングをミリ秒単位で検出する「コネクテッド・ボール・テクノロジー」と連動して、肉眼では不可能なレベルの正確なオフサイドやゴール判定を行う事が可能となったり、映像でオフサイドの判定が行われました。スタジアム内の専用カメラが選手とボールの動きを高精度で追跡判定、その後より分かりやすい3Dアニメーションとして即座に生成され、国際映像やスタジアムの巨大モニターに流れるなど、テレビの前の観客である私たちも、大いに楽しめました。
     いずれにせよ、スポーツばかりではなく、ITやSNSの発展でますます仮想空間のリアリティが膨れ上がる中、人と人、生身の体(からだ)同士のぶつかり合いの面白さや、技術の高さ、その迫力を思う存分楽しめた一か月ほどでした。
     早く4年が経ち、またワールドカップの戦いを観戦できる日がくることを願う毎日です。

    令和8年7月

     ユネスコが、6月6日(日本時間)に諮問機関「国際記念物遺跡会議(イコモス)」の勧告内容を明らかにしました。世界遺産に「飛鳥・藤原の宮都」(奈良県)が登録される見通しとなったとのうれしい知らせです。
     この「飛鳥・藤原の宮都」は、日本の世界遺産では「百舌鳥・古市古墳群」(5世紀)と「古都奈良の文化財」(8世紀)の間の空白を埋める7世紀を中心とした遺跡であり、注目されています。
     この地域には、飛鳥京、藤原宮、石舞台古墳、高松塚古墳などがあり、これからますます学術研究や観光の分野でも盛り上がりを見せ、多くの人々が訪れることになるでしょう。
     実は、私は高校の時「地理歴史研究部」に所属しており、高松塚古墳が発掘され日本国内では初とも言える石室内の壁画が発見された昭和47年3月に、奈良県明日香村に滞在していました。我が「地歴部」は、夏休みのフィールドワークに明日香村へ行くことを常としており、前年の夏に私は初めてこの地を訪れていました。しかし、苦い思い出なのですが、私は日射病となり(今だったら熱中症と言われたかもしれません)、翌日父に迎えに来てもらうという大失態を犯します。
     そのリベンジとも言える「春休みの旅」でした。その旅の私が帰宅した後で発表された高松塚の壁画の発見は、まさに大発見と言えるものでした。なにせそれまで私たちが知っていた装飾古墳(九州地方にある)とは趣きを異とする大和絵風の壁画だったものですから。あの頃は、とにかくよく明日香村を訪れ、さまざまな遺跡や寺院、古墳を見て回ったものです。
     「香具山(かぐやま)は 畝傍(うねび)ををしと耳梨(みみなし)と 相争(あいあらそ)いき神代(かみよ)より かくにあれこそ古(いにしえ)も 然(しか)にあれこそ うつせみも 妻を争うらしき」万葉集 中大兄皇子
     優しい姿の大和三山に抱かれた飛鳥・藤原の宮都、今月正式に世界遺産に登録され、私に暇ができたら昔のようにまた出かけたいものです。今度は熱中症にかからないように注意して・・・

    令和8年6月

     5月の大型連休中、NHK朝の連続テレビ小説「風、薫る」を見ていました。主人公一ノ瀬りんは、不幸が重なりシングルマザーとなりますが、孤児院で育った大家直美とともに看護師を目指します。看護学校でバーンズ先生の「ディス イズ ノット ナーシング」という厳しい言葉が教室に響き渡ります。ナイチンゲール精神に反するというのです。きっと、りんと直美は今後終生「看護」というものと向き合い、それを突き詰めていくことになると推察します。
     「看護」と言えば医療の重要な部分ですが、日本の医療を考えたとき、高齢化と少子化の問題は避けて通れません。日本の高齢化率(65歳以上の人口が全人口に占める割合)は、令和6年10月1日現在29.1%(内閣府)です。また、本市の直近の本年4月1日現在の高齢化率は28.5%程度です。一方、令和6年の出生数は68万6千人強で、団塊の世代(昭和22年から24年生まれの方)の3分の1にも足りません。今後の社会保障全般の担い手不足は非常に大きな課題です。
     しかし、現在の医療費の増加の背景にあるのは明らかに高齢の方です。日本の総医療費に占める高齢者医療費の割合は6割を超えていて、医療という産業は高齢者産業という側面が強くなってきています。概観すると、総人口の3割弱の人が6割の医療費を使っている状況だということです。
     そんな中、病院の経営が全国各地で危機を迎えています。全病院の約7割が赤字であるといわれており、特に公立病院はもっと高い確率で赤字に陥っています。例えば、県内17(指定管理者制度を導入しているあま市民病院を除く。)の市立病院事業の令和6年度決算では全ての病院が赤字経営を強いられています。公立の病院が赤字に陥りやすい理由として公共性の担保があります。地方によって事情はさまざまですが、一般的には、救急医療、小児医療、周産期医療、精神医療など、民間病院では採算が合わず、提供が難しい医療を担うことを公共性と言いますが、稲沢市民病院においては、このうち周産期医療と精神医療以外は提供しています。
     また、市立病院の経営を悪化させている要因の一つに人件費の問題があります。病院職員も公務員として働いていますので、人事委員会を持たない本市においては、国家公務員の人事院勧告に準拠してその給与が決められています。このところの毎年のアップと会計年度任用職員への期末手当・勤勉手当の支給は経営に大きな影響を与えています。赤字が拡大し、市一般会計からの繰入れがあまり過大となると、他の行政サービスにも影響を与えます。市民病院は、市民の命と健康を守る砦ですので、どんな形にせよ守り抜く覚悟ですが、まずは「稲沢市民病院のあり方検討委員会」の議論を見守りたいと思います。

    令和8年5月

     経済安全保障とよく言われますが、今や「産業のコメ」ともいわれる半導体こそ最も重要な戦略物資でしょう。普通世の中にある物質は、金などの電気をよく通す「導体」とゴムのように電気をほとんど通さない「絶縁体」の二つに分けられますが、条件によって電気を通したり通さなかったりする「半導体」というものもあります。電気の流れを「ON」にしたり「OFF」にしたり精密にコントロールできるため、機械に複雑な指令を出すことができます。これにより情報の計算、記憶、電機の変換などが可能になります。今やスマートフォン、パソコン、電気自動車、また生成AIなど私たちの身の回りの電子機器にはほとんどすべて使われており「産業のコメ」と呼ばれる所以となっています。
     1980年代までは日本の半導体産業は世界シェア50%を超え、我が世の春を謳歌していました。しかし、日本を脅威に感じた米国などからのバッシングを受け、1986年に「日米半導体協定」が締結されたことによって外国製シェアを強制的に拡大させられたり、ダンピング防止などを理由に、世界市場において価格競争力を失ったことや、設計から製造までを自社で行う「垂直統合」にこだわるあまり、設計専業の「ファブレス」と製造受託専業の「ファウンドリ(TSMCなど)」に分かれる水平分業モデルの流れに乗り遅れるなどして、急速にそのシェアを失っていきました。
     今、政府を中心にチップそのもののシェアが1割にまで低下した国内半導体産業をもう一度世界のトップレベルにまで押し上げようとする試みが、猛烈な勢いで進んでいます。日本の強みは、シリコンウエハーやフォトレジストなどの半導体材料(世界シェア48%)と、東京エレクトロンやアドバンテストなどの製造装置(世界シェア31%)、画像センサー(ソニーが約50%のシェア)などの特定デバイスなどにあります。その強みを生かし
     (1)TSMC(熊本)の第1工場に続き、第2工場建設を本格化させ、国内初の「3ナノ(㎚)プロセス」の先端半導体生産に向けた準備を加速させる。
     (2)Rapidus(北海道)において2ナノ以下の最先端ロジック半導体の施策ライン稼働を目指し、IBMやベルギーのimecとの連携を通じ、技術確立と国から8000億円規模の集中支援を行う。
     などを行っています。
     半導体受託生産シェア約70%のTSMCが立地する台湾海峡情勢が緊迫化する中で、産業のコメの国内生産は最も重要な経済安全保障政策といえるでしょう。
    (参考:本コラムにおける数値データの出典について)
    ※本コラム内の各数値データは、経済産業省「半導体・デジタル産業戦略」および公開されている各種市場調査データ等に基づき記載しています。

    令和8年4月

     中東情勢が緊迫化する中で、新年度令和8年の4月を迎えました。
     新しい年度の一般会計総額は580億円、過去二番目の大きい予算となっています。子育て・教育、福祉・保健、防災・減災、DX、まちの魅力などに注力したものとなっています。詳しくは今後の広報、公式ホームページ等でご覧ください。
     年度の初めにあたって、時と出会いに思いを巡らせましょう。
     先月は母の死という出来事があり、経典を聞いたり読んだりすることが多くなりました。
     仏教の時の概念に目を見張りました。「正信偈(しょうしんげ)」の中にある「五劫思惟之摂受(ごこうしゆいししょうじゅ)」という文の五劫ですが、五劫は時を表し、四十里(約160km)の立方の岩を3年に一度ずつ(諸説あり)天女が降りてきて、その羽衣で拭って、すり減り無くなるまでの時間(盤石劫)を一劫と言いその5倍、とてつもなく長い年月のことをいいます。
     一方で、刹那主義とかに使う「刹那」という言葉は日常でもよく使われますが、これも仏教用語です。刹那とは指を一回弾く間に60から65刹那あると言われ、人間の認識を超える極めて短い時間のことを言います。すべてのものは、生じた瞬間に滅び、次の瞬間には別のものが生じる(刹那滅)という考え方があります。
     仏教の壮大な時間の観念について述べました。私たちは刹那と五劫の間で生活し、一生を暮らすのです。
     新しい職場や学校で未知の人と出会う、これもまた数学的には奇跡です。限りある人の一生で出会う人の数は限られています。出会えた人に感謝し、ともに働き、ともに喜び、ともに泣き、ともに学びましょう。
     これがまさに一期一会で、一生の間に二度とないことだと思わなければなりません。新年度、仏教的な考え方で、出会いの奇跡に前向きな気持ちで生きましょう。