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    市長コラム(令和5年度)

    • [更新日:]
    • ID:1655

    令和6年3月

    加藤市長

     元日の最大震度7を記録した能登半島地震という大災害から始まった令和6年でしたが、2月22日には無事国府宮はだか祭も史上はじめての女性のなおい笹奉納という要素もプラスされて、幕を閉じました。
     今月は2月27日に議員総会、記者会見で発表した令和6年度当初予算案について、書きたいと思います。
    来年度の当初予算案は
    一般会計564億1,000万円(前年比14.8%増)
    特別会計276億3,900万円(前年度比2.4%増)
    企業会計191億1,063万円(前年度比2.4%増)
    総額  1,031億5,963万円(前年度比8.8%増)
    となりました。
     一般会計は過去最大規模となっております。その主な要因として人件費などの義務的経費の増加はもちろん、(仮称)井之口調理場整備事業、中学校屋内運動場空調整備事業、汚水処理施設下水道接続事業、児童発達支援センター整備事業、総合文化センター解体事業などの大型事業が目白押しとなったこと、「子育て・教育は稲沢で!」のスローガンのもと、妊娠・出産から子育て教育まで、切れ目なく子育て世帯を支援することで、すべての子どもが健やかに成長できるまちの実現を目指した予算編成になっています。
     その中で特筆大書したいのは「インクルーシブ保育推進事業」で、さまざまな理由で支援が必要な児童を公私立を問わず市内の保育園等全園で受け入れ、支援の必要度に合わせ保育士、保育支援者を加配することでインクルーシブ保育の実現を目指します。私立保育園等に対しては配置した保育士等の人件費を補助します。
     子どもの国籍、障害の有無などの違いをすべて受け入れて行う保育、「インクルーシブ」とは「包括的な、すべてを含んだ」という意味で、さまざまな背景を持った児童を同じ環境で保育を受けさせることにより、幼いころから多様な他者と一緒に生活することによって、それぞれに違いがあることが当たりまえだという認識をもって成長することが可能になります。また、従来分離されていることで、生まれがちだった差別や偏見を持ちにくくなることも利点の一つです。
     予算はまず市民のことを第一に考え、財政の持続可能性に配慮して編成しております。詳しくは今後広報、ホームページ等で公表してまいります。

    令和6年2月

     令和6年は元日から「令和6年能登半島地震」が発災し、多くの尊い人命が失われました。心よりご冥福をお祈り申し上げます。また今なお不自由な生活を余儀なくされている多くの被災者の皆さんに、お見舞い申し上げます。
     発災は1月1日午後4時10分でした。スマホの緊急地震速報の鳴動とともに、この地方にも大きな揺れが襲ってきました。ちょうど私はテレビをつけたまま自宅食堂のテーブルで年賀状の返事を書いていましたが、なかなか揺れが収まらないのでテ-ブルの下に身を隠しました。NHKのアナウンサーは、その後悲痛な声で繰り返し津波からの避難を呼び掛けていました。石川県珠洲市の定点カメラの様子は映し出されるのですが、被害の全容はなかなか伝わってきません。
     正月恒例の身内が集まっての食事などをしていましたら、午後7時過ぎに消防長から「愛知県からの要請で、緊急消防援助隊として消火隊と救急隊を派遣します」という連絡が入りました。愛知県大隊の集合時間は午後8時、集合場所は東海北陸自動車道岐阜川島パーキングエリアとのことでした。発災後、短時間で派遣ができた動員力と機動力は褒めてあげたいと思っています。
     その後この第1次隊と、それに次ぐ第2次隊(後方支援隊)の帰還後に報告を受けましたが、東海北陸自動車道は利用できなくて、名神高速から北陸自動車道を通り金沢市まではたどり着けたものの、以北の道路事情の確認に時間がかかり、目的地であった輪島市門前町にたどり着いたのは翌2日の午後3時過ぎであったようです。
     3日4日と消火隊は倒壊した家屋の中の安否確認、救急隊は輪島市から穴水総合病院まで3名の救急搬送をしたそうです。それ以降も23日現在第8次隊まで切れ目なく派遣し、被災自治体と被災者のお役に立っていると確信しています。それ以外にも県の要請に応じて被災建築物応急危険度判定士や、罹災証明の発行のお手伝いなどに職員を派遣しています。また本市と「災害時の相互応援協定」を締結している富山県射水市長から、罹災証明交付に伴う住家被害認定のための調査員2名を1月15日から2月29日まで派遣してほしい旨の要請がありましたので、2名を1班として計7班を2月末まで派遣することといたしました。
     被災地支援の状況は刻々と変わっていきますが、同じ中部圏の仲間として今後もできる限りの事はして行きたいと考えています。
     「自助」「共助」「公助」とよく言いますが、まずは自分の身を守ること、隣近所が助け合える関係を作ることが大切です。災害の規模が大きくなればなるほど、今回の災害を教訓に体制を強化していきますが、公の支援が届くまでに時間がかかることをご理解いただきたく思います。

    令和6年1月

     あけましておめでとうございます。
     市民の皆さまにおかれましては、輝かしい新春を心穏やかにお迎えのこととお慶び申し上げます。
    さて、今年はどんな年になるのでしょうか。昨年1年間を年初に予想できた人がどれだけいたかと思うと、出来事を予言することの難しさを感じます。ですから余計に政治、経済、文化、スポーツなどの各分野で、今年1年に何が起きるかと考えると期待と不安が交錯します。
     「政治は一寸先は闇」なので予想は差し控えますが、経済では物価高騰は収まることはないのではないかと思います。円安は、米国の金融政策次第でどうなるか予測がつきかねます。そしてテクノロジー分野では、生成AIなどの分野が加速度的に進化して行くことが容易に想像できます。
     先月12日に、今年7月3日から一万円札が渋沢栄一、五千円札が津田梅子、千円札が北里柴三郎の肖像画となる新紙幣が発行されるという明るい話題がありました。20年ぶりの新紙幣の発行です。聖徳太子の一万円札、千円札、岩倉具視の五百円札、板垣退助の百円札の時代に子ども時代を過ごした私にとっては、隔世の感があります。キャッシュレス決済の普及によって紙幣の出番は、これからますます少なくなっていくのかもしれませんが、日本資本主義の祖、女子教育の先駆者、世界的に著名な細菌学者が並ぶ紙幣の面々に早くお目にかかってみたいと思います。
     スポーツの世界では、パリオリンピック・パラリンピックの開催が最も大きな話題ですが、ドジャースに移籍した大谷翔平選手の活躍にすべての日本人が、いや野球を愛する世界中のすべての人々が一喜一憂することになるのでしょう。
     社会の変化では、インクルーシブ社会の到来が挙げられます。インクルーシブ社会とは、性別、国籍、障がいの有無などを問わず、すべての人が公正に暮らすことができる「共生社会」のことで、エクスクルージョン(排除)の対極にあるものです。
     本市では来年度から、すべての公私立保育園において、インクルーシブ保育を実施しようと、人材の確保、予算面、施設面の検討を始めています。もはやダイバーシティ(多様性)とインクルージョン(包摂、包括)の考え方なくしてSDGsは成立しません。
     どんな年になるかはともかくとしても、頭を柔軟に、前例にとらわれず、改革を今年も進めてまいります。

    令和5年12月

     令和5年の年の瀬を迎えても世界から戦争や紛争、テロ等がなくなることはありませんでした。
     本市では個人からの寄付金で購入した高規格救急自動車の導入で運用停止した救急車を、11月15日に在日ウクライナ大使館支援物資コーディネーターを通じて戦火の地まで送る出発式を行いました。手続きを経てポーランドまで船による輸送、ポーランドからは陸路でウクライナまで送られるそうですが、年内到着は難しく、かの地に着くのは年明けになるそうです。生命すら脅かされている人々に一足早いクリスマスプレゼントにならないかと思いましたが、それは叶いませんでした。昨年の2月24日以来、ウクライナの人々は枕を高くして眠れない毎日を過ごしておられます。今回の人道支援が、一つでも多くの尊い命を救い、人々の生活の安心に役立てばと切実に思います。
     10月にはパレスチナでも戦いの火の手が上がりました。パレスチナ暫定自治区ガザを実効支配するイスラム勢力ハマスが数千発のロケット弾をイスラエル領内に打ち込み境界を越えて侵入。イスラエル軍もこれに激しく応戦し多数の死傷者が出ています。この文章を書いている時点ではハマスに捕らえられた人質解放のための休戦が行われていますが、情勢は混とんとしています。イスラエル・ガザ問題は、宗教的、歴史的な根が深く容易に論評はできませんが、人命が失われることのないように国際社会が解決への現実的な枠組みを作ってもらいたいと念願するところであります。
     11月21日夜には北朝鮮が「偵察衛星」と称するものをまた発射しました。北朝鮮の核開発、中国の力による一方的な現状変更の試みは、台湾海峡有事への懸念を募らせますし、尖閣諸島周辺において艦艇を恒常的で活発に活動させていることは我が国にとって脅威以外の何ものでもありません。
     さて、この一年はこのような安全保障環境の中で暮れていきます。それゆえに人類はその叡智を結集して、より実態に即した方策により戦争から一歩でも遠ざかるようにしなければなりません。
     核兵器の使用などによる人類の終わりまでの時間を「終末時計」として毎年、米国の原子力科学者会報は発表していますが、今年は前年より10秒短くなって「残り90秒」となりました。年明け早々に発表されるものはおそらくもっと短くなるのでしょう。一年の最後に、私たちはもちろん、世界が平和のために一層の努力をすることを期待し、今年の市長コラムの締めくくりといたします。

    令和5年11月

     11月となりました。今年もあと2か月、月日の経つのは早いですね。
     11月1日は市制記念日です。今年は昭和33年に市制施行して65周年という記念の年でもあります。
     4月5日の令和五年春巡業 大相撲稲沢場所の開催以来、65周年を祝うさまざまな行事を実施してきました。9月8日から18日まで荻須記念美術館で行った「稲沢の文化財展~性海寺の文化財~」も好評で、多くの方にご来場いただきました。昨年、県指定の文化財となった灌頂道具一式や市指定文化財木造四天王立像などは見応えがありました。10月5日にはNHK「新・BS日本のうた」の公開収録を市民会館大ホールで行い、多くの観衆に喜んでいただきました。
     11月1日には市制記念式典を行います。例年通りの表彰者、褒賞叙勲等の受賞者の紹介とともに、市制65周年記念特別表彰として70名、19団体の方々を表彰いたします。長い間の献身的なご労苦に対し心から感謝申し上げます。
     その3日後、11月4日には市役所駐車場におきまして「おかげさまで65周年感謝祭」を開催いたします。多くの市民の皆さまに65周年を楽しく祝っていただける企画になっていると確信しています。ステージイベントでは、ご当地キャラクターが10体程度来演、いなッピーと一緒に楽しいショーを繰り広げます。また、ご当地グルメイベントとして「稲沢カレーフェスティバル」を開催します。「カレー+稲沢らしさ」を具現化したカレー料理を22店舗で販売いたします。このイベントはこれまでのものと違って誰でも参加できるものですので、ぜひお越しください。詳しくは市や観光協会のホームページ、稲沢まつり等で配布されるチラシ等でご確認ください。

    令和5年10月

     NHK大河ドラマ「どうする家康」が好調です。出生の地とされる岡崎市をはじめ小牧・長久手の合戦の放映の折には、出演の俳優さんのトークショーなども行われて各地で盛り上がりを見せていました。今月は北条攻めのエピソードから始まるようです。
     来年、令和6年の大河ドラマは「光る君へ」で、吉高由里子さんが紫式部を演じる平安時代を舞台とした物語です。7月に出演者発表の第5弾が行われ、赤染衛門役を元宝塚宙組トップスター凰稀(おうき)かなめさんが演じることがわかりました。
     今月は赤染衛門と本市のかかわりについてお話ししたいと思います。
     多くの市民がご存じないかもしれませんが、赤染衛門は尾張国司となった夫君大江匡衡(おおえのまさひら)公に従って2度にわたり当時国衙があった稲沢へ下向(都から地方へ行くこと)していると思われます。大江匡衡公は名儒の誉れ高い文人であり、今も残る大江川の開削でも知られる善政を敷いた地方官でもあります。また国司在任中には学校院を設立し(尾張学校院の跡碑が市内に存在する)、地域の教育向上にも努めました。
     一方、赤染衛門は女流歌人として知られ、小倉百人一首の「やすらはで 寝なましものを さ夜ふけて かたぶくまでの 月を見しかな」(こんなことなら ぐずぐず起きていずに寝てしまったのに。あなたを待っているうちにとうとう夜が更けて、西に傾いて沈んでいこうとする月を見てしまいましたよ。)という恋の歌で有名です。もう一首「賤(しづ)の男(お)の たねほすという 春の田を 作りますだの 神にまかせむ」尾張一宮真清田社を訪れた時の歌です。前任の藤原元命(もとなが)時代の西暦988年には歴史上有名な「尾張国郡司百姓等解文」が朝廷に提出されたように百姓等とのトラブルやサボタージュは続いていたようで、赤染衛門が真清田社(稲沢市内の増田という説もあります)に参詣の折、歌を奉納し祈ったのでしょう。
     大江匡衡と赤染衛門はとても仲の良い夫婦で「匡衡衛門」とも呼ばれたほどだといわれています。
    稲沢市は市内松下町に衣をかけた松があるという伝承の地に「赤染衛門歌碑公園」を整備し夫妻を顕彰しています。またお出かけください。
     大河ドラマに赤染衛門がどんな形で登場するかわかりませんが、脚光を浴び、市内で出演俳優によるトークショーでもできればと夢見ています。

    令和5年9月

     先月は大変仲の良い友達が入院して手術を行い、長い間集中治療室から出られないということを身近に経験し、老いというものを実感した月でもありました。
     7月28日に日本人の平均寿命が発表されました。2年連続でやや短くなったようです。それでも男性の平均寿命(0歳の平均余命のこと)は81.05歳、女性は87.09歳と、新型コロナ感染症などの影響が影を落としていますが、依然として日本が長寿国であることに変わりありません。戦後ほぼ一直線に伸びてきた日本人の平均寿命がこの先どうなるのかについては皆さんも関心がおありでしょう。
     そもそもヒトは何歳まで生きることができるのかという根源的な問いもあります。インターネットなどで調べると120歳ごろまでは生存可能というような説が出てきます。どんな生物も細胞というものからできています。細胞が分裂を繰り返して増えていく、ケガをして皮膚が傷ついても皮膚の細胞が分裂して生まれ変わりいつの間にか治ります。しかし細胞には分裂できる回数があり、永遠に分裂できるわけではありません。ヒトの細胞ではそれが40回から60回といわれており、それは110年から120年の時間にあたるそうで、だからヒトは病気やケガをしない限り120年ぐらいまでは生きることができると考えられています。ちなみにマウスは分裂回数が14回から28回で、寿命は約3.5年。長生きで有名なゾウガメは分裂回数80から125回で、約175年もの寿命があるそうです。
     一方で120歳説は「実際に生きた人がいるから」という根拠があるからに過ぎないともいわれます。ギネスブックに載った世界の最高齢者は、フランス人女性のジャンヌ・カルマンさんで122歳、理論的に導き出された数字ではなく、この辺りにヒトの生物的限界があるのではないかという、あくまでも結果論なのだと言います。
     9月18日は敬老の日です。「多年にわたり社会に尽くしてきた老人を敬愛し、長寿を祝う」ことが趣旨だとされています。本市においても8月1日現在、満100歳以上の方は65人おられます。長寿の時代、人生100年時代が到来したといっても過言ではありません。
     多くの高齢の皆さんが、健康で活気に満ちた毎日が送れますよう市としても支援を拡充してまいります。どうか皆さんいつまでもお元気で。

    令和5年8月

     私ぐらいの年齢の方は、昔学校で肥料の3要素は「窒素・リン酸・カリ」であると教えてもらったと思います。初めて知りましたが、3要素の効き目を大雑把に言うならば

    窒素「葉(ば)」

    リン酸「花・果(か)」

    カリウム「根(ね)」

    だそうで、これを記憶しようと思えば「馬鹿ね(ばかね)」と覚えれば簡単です。試験の時役に立ちそうです。もっとも、いま時こんな問題が出るのかは知りませんが。
     パンの原料の小麦をはじめとして、農作物を育てるには先ほどの「窒素・リン酸・カリ」の肥料の3要素が不可欠ですが、そのうち窒素を原料とする化学肥料の大量生産を可能とした技術に「ハーバー・ボッシュ法」があります。ハーバー・ボッシュ法は、簡単に言えば空気中の窒素を水素と直接反応させてアンモニアを合成する技術で、1906年にドイツにおいてフリッツ・ハーバーとカール・ボッシュが開発に成功したことからこう呼ばれ、「水と石炭と空気からパンを作る方法」とも称されました。これにより食糧生産量が飛躍的に増加し、20世紀の人口爆発を支えてきました。
     しかし、6月11日にNHKスペシャル「ヒューマンエイジ第1集 人新世 地球を飲み込む欲望」を見て私は衝撃を受けました。
     地層にはジュラ紀とか白亜紀とかさまざまな名称がつけられていますが、研究者たちは今この時代に「人新世」という新しい名前を付けようとしているそうです。日本では別府湾海底から地層の堆積物を抜き取って調査すると、1950年前後の地層からミクロンサイズの小さな穴がたくさん空いた物体が見つかった。化石燃料が燃焼したときに排出される球状炭化粒子でこの時期から急激に増加している。エネルギーを大量消費し始めた人間の営みが、地層に記録されているのです。また、バルト海で抜き取った地層は1950年代を境に白から黒に変色していたそうで、爆発的に増え始めた人口を支えるために使われた先述の化学肥料が海にまで流れ込み、藻類や植物プランクトンが異常繁殖しその死骸が降り積もり、黒い堆積物になったと報じていました。このころ以降の地層からはプラスチックや重金属など、人間が生み出し環境破壊を招く物質も多数検出されています。番組では歴史学者の藤原氏が「化学肥料の登場によって農村の物質循環が断ち切られていく過程と地層が大きく変わっていくことが、密接に関わっている印象を受けた」と語っていました。
     人類を救う画期的発明といわれた「ハーバー・ボッシュ法」が起こした事実に暗澹たる思いがしました。しかし、最後にこの方法がクリーンエネルギーの分野で注目されていると聞いて少しホッとしました。化学肥料を作る際に生まれるアンモニアは燃やしてもCO2を出さないエネルギーとして活用することができるそうです。
     令和7年(2025年)には大阪・関西万博が開催されますが、昭和45年(1970年)の大阪万博のテーマは「人類の進歩と調和」でした。この文章を書いていて、先人も気づいていたのだと改めて思いました。

    令和5年7月

     1年のちょうど真ん中の日は何日か知っていますか。うるう年を除いた平年は1年365日で183日目が真ん中の日となりますので、答えは7月2日です。
     令和5年ももう半分過ぎてしまったのかと、感慨にふける間もないほど忙しい毎日を過ごしておりますが、農業を生業としていた昔の人々は暦ともに生きているといってもいいほどで、この日は半夏生(はんげしょう)と呼ばれ、夏至(今年は6月21日)から数えて11日目の日にあたります。
     地域によって田植えはこの日の前までに終わっておくように言い伝えられているようで、半夏生の雨は「半夏雨(はんげあめ)」と呼ばれ「天から毒が降ってくる」とも言われたそうです。
     「汲まぬ井を 娘のぞくな 半夏生」(池西言水)の句があります。この日には天から毒が降るので井戸に蓋をするという風習から生まれた独特の感性を持つ句だと感じます。
     また「医通ひの 片ふところ手 半夏雨」(大野林火)という句もあり、梅雨末期の強い雨が急に降ってきてあまり縁起の良くないものなので懐に手を入れたのかとも思います。
     現代の句には「くらげなす 透明傘も 半夏雨」(上田五千石)というものもあり、ビニールの傘をくらげに見立てたポップな光景が思い浮かびます。現代では天から悪いものが降ってくるという考えから自由になってきている証拠でしょう。
     一方、植物にも半夏生が存在します。ちょうどこのころ開花する植物で、葉っぱの半分が化粧したかのように白く染まることから「半化粧」とも「片白草(かたしろぐさ)」とも呼ばれます。この植物を詠んだ句もあります。

    「半夏生草のはみ出す 縁の下」(若井新一)
    「夕ごころ 片白草の 化粧ふより」(石田勝彦)
    「片白草 式部職なる 鵜匠の家」(田中英子)

     夏の草の力強さ、半化粧という言葉にかけた句、鵜飼いの始まりの季節との対比などなかなか趣があります。
    いずれにせよ、昔も今も、いや地球温暖化の進行した現在のほうが梅雨末期の豪雨は心配ですが、半夏生、半夏雨、どちらも雨に対する注意を怠らないようにという先人の戒めとも受け取ることができます。一年の半分あたりの時期に、平成30年の西日本豪雨も発災したことを忘れてはなりません。

    令和5年6月

     明らかに時代は大きな転換点を迎えているのかもしれません、AIの驚異的進歩についてです。
     特に昨年、生成AIといわれるチャットGPTが開発、商品化されさまざまな議論を巻き起こしています。チャットGPTは米国の新興企業「オープンAI社」が開発した対話に特化したAIで、昨年11月に無料で公開されました。米マイクロソフト社が多額の投資をしているともいわれています。膨大な文章データをもとに学習し、文章を作り上げる大規模言語モデル(GPT-3.5)をベースにしており、本年3月には一歩進んだGPT-4も公開しています。もちろん日本語にも対応していることは皆さんご存じの通りです。
     そもそもAI(Artificial  Intelligence)とは何かですが、簡単に言えば人工知能です。ヒトは外界から受け取った多くの情報を瞬時に脳内で処理し、判断や推測を行っています、このようなヒトの知能をコンピュータによって再現する技術が人工知能といえるでしょう。しかし、いまだ明確な定義がないともいわれています。研究者や研究機関によって解釈や認識に少しずつズレがあり、定義は統一されていないようです。AIには何度かのブームがあり1960年代の第一次ブームから2000年代の第三次ブームまで、人々に大きな期待を抱かせながらその期待を裏切り続けてきました。ですが今回の生成AIチャットGPTの出現は、歴史的転換点だといわれています。
     何が議論になっているのか。先ほど膨大な文章データと書きましたが、収集したものの中に個人情報の漏洩にあたるものや、誤った情報が含まれていないか、著作権をめぐる課題もあります。身近な例ですと、子供さんの夏休みの自由研究に簡単に活用できたり、学生が就活時に提出するエントリーシートに利用できてしまうのではないか等の疑問があったりします。
     新聞報道等によりますと、国や自治体でも活用に積極的なところもあるようで、例えば「○○○商工会総代会における市長挨拶」と入力すればそれなりの文例が回答され、業務の効率化に資するといわれ始めています。国によって対応はさまざまでイタリアは3月末に、個人情報が違法に収集された疑いがあると一時使用禁止を発表しました。しかし、4月28日には、個人情報の取り扱いや利用者の年齢確認で改善策を示したとして使用禁止措置を解除したようです。
     先日の中日新聞1面でノーベル化学賞受賞者の野依良治さんが語っていました。原子力技術の発展が広島と長崎への原爆投下につながったように「最強の技術は最悪の結果をもたらしうる、と肝に銘じるべきだ」昨今のチャットGPTの議論について今のところの私の感想としたいと思います。

    令和5年5月

     5月です。
    「目に(は)青葉 山ほととぎす 初鰹」江戸時代初期、山口素堂という方の句だそうです。新緑が美しい季節となりました。
     また、5月8日からは新型コロナの感染症法上の位置付けが、2類相当から5類へと変更され、3年以上続いたコロナ禍からの脱却の第一歩と期待しています。
     さて、ホトトギスについて少しお話したいと思います。ホトトギスはインドから中国南部で越冬する個体群が、5月ごろになると中国北部、朝鮮半島、日本まで渡ってくるそうで、我が国へは5月中旬ごろ飛来するといわれます。歌によく読まれていて「万葉集」に153例、「古今集」に42例、「新古今集」に46例の用例があるようです。まあ日本人には昔からなじみのある鳥だといえます。
    「卯の花の におう垣根に ホトトギス 早も来鳴きて」と唱歌「夏は来ぬ」にうたわれていることは、皆さんご存じでしょう。作詞者は佐々木信綱で1896年に発表されたそうです。ホトトギスはよく鳴き、その鳴き声は「テッペンカケタカ」などと表現されます。
     ホトトギスは3人の天下人の性格を表す川柳でも知られています。ホトトギスはよく鳴きますが、献上されたホトトギスは鳴かなかったようで、

    「鳴かぬなら 殺してしまえ ホトトギス」信長

    「鳴かぬなら 鳴かせてみよう ホトトギス」秀吉

    「鳴かぬなら 鳴くまで待とう ホトトギス」家康

     信長の短気・気難しさ、秀吉の人たらしぶり、家康の忍耐強さを端的に表しています。最近知りましたがこの続きにもう一句あり、それは「鳴け聞こう 我が領分の ホトトギス」と言い、加藤清正のことを人の言い分を聞く配慮のある人といっているようです。
     実はこの川柳に倣って松下電器(現パナソニック)の創業者で経営の神様といわれる松下幸之助氏は「鳴かぬなら それもまたよし ホトトギス」と詠んだそうで、鳴いても鳴かなくてもホトトギスはホトトギス、自然の姿でいこうと語っています。
     初夏の話題がホトトギスのことばかりになってしまいましたが、今年の立夏は5月6日、もうすぐ夏です。

    令和5年4月

     4月を迎えました。令和5年度が始まります。新規採用職員も希望と不安を胸に市役所に入庁してきます。また、異動等で職場が変わる職員も大勢います。当面、市民の皆さんにご迷惑の掛かることもあるかと思いますが、ほどなく仕事に慣れて良いパフォーマンスが発揮できるようになると楽観しています。職員の資質を性善説で信用しているからです。しかし、何かあれば遠慮なくご連絡ください。市民メールなどいろいろな方法があります。
     我が国においては新年度や新学期がなぜ4月から始まるか考えられたことはあるでしょうか。ちなみに会計年度が4月に始まる国は、イギリス、カナダ、インドなどがあり、ドイツ、フランス、イタリア、中国など多くの国が1月から始まり12月に終わる暦年を採用しています。アメリカ合衆国は異例で10月に始まり9月に終わります。また、オーストラリアのように7月に会計年度が始まる国もあります。
     一方、学期は世界的にみると9月からが新学期というところが多いようです。アメリカ、カナダ、イギリス、フランス、イタリア、スペイン、中国、トルコ、ロシアなど主要国が軒並み9月に入学式があり学期が始まるようです。9月に新学期が始まる国が多いのはなぜかというと、ヨーロッパなどでは最も農作物の収穫が忙しい時期に子どもたちに学校を休ませ、家の手伝いをさせ、それが終わった9月に学年をスタートさせたことが事の始まりなようです。
     日本において会計年度も学期も4月に始まる理由ですが、過去には税が米による納付から現金による納付に変わったことで、稲刈りから3月まで現金化する時間的余裕が必要だったことが挙げられていました。しかし、平成30年にNHKの人気番組「チコちゃんに叱られる!」で「4月に年度が始まるのは大蔵省のトップがインチキをしたから」と新説が紹介されそれが定説として広まっているようです。年度の始まりの歴史を振り返ると、我が国が西暦を採用した明治6年(1873年)には1月始まりに、明治8年からは地租の納期に合わせ7月始まりに、明治17年、富国強兵を実現するため軍事費が増大し、当時大蔵卿であった松方正義がその任期中の赤字を削減するため、次年度の予算を当該年度に充てる施策を実施したことから、明治18年度の予算が足りなくなり、予算の破綻の露見を防ぐため、同年度を7月から翌年3月までと3か月短縮することで予算の辻褄を合わせると同時に、赤字の削減を可能としたようです。
     我が国では学期も会計年度に合わせられたようです。いずれにしても桜咲く4月は私たち公務員にとっても、学生さんにとっても期待と不安にあふれた時期です。ともに暖かく見守っていただければ幸いです。

    〒492-8269 愛知県稲沢市稲府町1
    開庁時間 月曜から金曜 午前8時30分から午後5時15分まで
    (祝日、休日、年末年始を除く。一部、開庁時間が異なる組織、施設があります)
    代表電話:0587-32-1111 ファクス:0587-23-1489
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