平成30年5月

 いささか旧聞に属しますが、3月23日(金)に東京でギリシャ共和国の独立記念日の祝賀パーティが開催され、私も参加いたしました。その場で、もちろん先日のはだか祭においでをいただいたルカス・カラツォリス駐日ギリシャ特命全権大使にお会いし、ご挨拶をいたしましたが、意外な人にも会うことができました。小泉凡さんです。小泉さんは、「怪談」等でおなじみの小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)の曽孫にあたる方で、現在は、島根県立大学短期大学部教授、小泉八雲記念館館長等を務めておいでです。小泉さんとギリシャの関係はといいますと、八雲はギリシャ領のレフカダ市で生まれ、母はギリシャ人であったと言われています。そんなご縁でギリシャ共和国の行事に参加されているようです。
 また、八雲の終焉の地は、東京都新宿区で、新宿区はレフカダ市と姉妹都市の関係を結んでいます。稲沢市では8月18日(土)から27日(月)の10日間、歴代のオリンピックトーチ等の展示事業を行います。この事業は、同じくギリシャ共和国のホストタウンとなっている埼玉県の三郷市でも実施される予定です。
 それ以外にも、今年、わが市は、東京オリンピック・パラリンピックの開催を前にして、ギリシャ共和国を相手国とするホストタウン事業をいろいろと計画をしています。7月に行う「オリンピア市中学生ホームステイ事業」(広報いなざわ5月号にホストファミリーの募集を掲載しています)、11月に行う「オリンピックメダリスト(日本、ギリシャ)講演事業」などです。
 市民レベルでの交流も深め、古代オリンピック発祥の地であるオリンピア市との姉妹都市の関係をますます強固にすることによって,2020年東京オリンピック・パラリンピックへの機運を盛り上げていく、ひいては日本、ギリシャ両国の友好関係に少しでも寄与できればと考えていますので、市民の皆様にもご理解をたまわりますようよろしくお願い申し上げます。

平成30年4月

 平成30年度が始まりました。
稲沢市は、昭和33年11月1日に市制施行しておりますので、この年度は満60周年の記念の年度となります。
60年といえば、干支がひとまわりして、人でいえば還暦です。還暦になると赤いちゃんちゃんこなどを着ますが、あれはもう一度赤ん坊に戻ることを意味しています。稲沢市ももう一度生まれ変わったつもりで、この大きな変革の年に挑戦いたします。
 大きな変革といったのは、特に社会保障に大きくかかわる日本社会の変化に行政が対応を迫られていることを意味します。一つ目は家族の変化です。農村などにおける伝統的な家族制度が、その崩壊の過程で、戦後の個人主義の進展と重なり合いつつ解体に向かい、家族による支えあう力が急激に低下したこと。二つ目に雇用システムの変化です。一つ目の家族の変化とともに、それまで安定的だと思われてきた日本的な雇用システムが変容し、日本社会全体が大きく変わっていったのです。雇用システムの変化の大きな要因は、当時の経済のグローバル化と円高の経済状況下において、人件費抑制が至上命題となっていたことがあるとされています。この二つが、孤立と格差というひずみを生みながら、結果的には、今、多くの自治体が直面している人口減少時代の到来を招いたのです。
 人口減少とそれに伴って起きるさまざまな問題こそ、稲沢市に変革を迫る最も大きな課題です。あらゆる手段、方法を駆使してこの課題に立ち向かっていかなければなりません。特効薬はありませんので、地道にコツコツと絶え間なく、市民の皆様と協働して、課題解決に取り組むことが、市制60周年記念事業の陰に隠れた、私や職員の使命であります。
市民の皆様の幸福(しあわせ)実感のため、今年度も全力で働きます。

平成30年3月

 3月といえば、官公庁にとっては年度終わり。学生さんにとっては卒業シーズンということで、しめくくりと別れの季節とも言えます。稲沢市でもこの月末で多くの職員が定年退職となり、職場を去ることになります。長い間、稲沢市で市民のために仕事をしてきた皆さん、ご苦労様でした。
 公務員の仕事といえば、黒澤明監督の映画「生きる」を思い出します。
 市役所で市民課長を務める渡辺勘治は、定年を前にして、毎日書類の山に機械的に判を押すだけの無気力な毎日を送っていた。ある日、医師の診察を受けると軽い胃潰瘍だと告げられるが、実際には胃がんだと悟り、死への恐怖から一時の放蕩に走るが、虚しさだけしか残らない。そんな時、市役所をやめて玩具会社の製造員に転職をしようとしていた若い女性部下の小田切とよと、偶然に行き合う。幾度か食事を共にするうちに「あなたも何か作ってみたら」という発言に、心を動かされ、市役所に戻る。これまでの事なかれ主義的な生き方を反省し、市民からの陳情書に目を通し、様々な困難にくじけず小公園建設に奔走し、ついにそれを完成させ、雪の降る夜、公園のブランコに乗って息を引き取る。
 公務員の仕事は、法令や規則、前例等に縛られ、もちろん自分の自由になりません。小さい事業を自分で営んできた私からすれば、決断が遅く、選択肢に自由度が低い。また、目的があっても、遠い将来のことであったり、抽象的であったりして、目的に対する達成感が得られにくい。多くの仕事がルーティンワークで、自分の仕事が、全体の中でどんな位置を占めているのか、どの程度市民の役に立っているのか分かりにくいなどの問題を構造的に抱えています。しかし、仕事を通じて名も知らない多くの人々の役に立てたという感慨を持てるのも、公務員の仕事ならではと思います。「生きる」の志村喬演じる市民課長のようにはなかなかいきませんが、市民に感謝される仕事を、私も一緒になって行ってまいります。
 また、市民の皆さんも、努力している職員を見かけたら、「がんばってるね」と声をかけてやってください。彼らのやる気の背中をちょっとだけ押してほしいと思います。無理な注文かもしれませんがよろしくお願いします。



問合先 市役所秘書広報課

最終更新日 平成30年6月1日